2011年11月6日日曜日

夢を買っても実現の道は夢のごとく遠い

誰かに当たるのでしょうが、順番も無ければセオリーも無い・・・・そこが夢を買う意味合いなのでしょうが・・・・

2011年11月5日土曜日

静岡県の東名下り線、路肩でパンク修理3人はねられ死亡。

駐停車禁止の高速道路で故障等のトラブルで止む無く車両を止めた場合、違反になるのだろうか?
「故障などの場合、車を本線以外の場所に移動し、停止していることを表示しなければならない」と記されております。
今回の事故は東名高速道路本線路肩で、パンクしたフロントタイヤの交換中に発生したようです。【本線以外の場所に移動・・・・・】を適応すれば、修理は出来ないことになります。
「発煙筒」や「三角表示板」などを50mほど車両の後方に置き、速やかに1キロおきに設置してある非常電話で管理者に連絡を取り二次災害の発生を予防しなければなりません。これに違反した場合は5万円以下の罰金となります。
今回の事故は不幸にも3名の尊い命を喪う結果となってしまいました。
下り線の裾野インターから沼津インターまでは9.5kmの距離があり、フロントタイヤパンクのまま走行するには厳しい。裾野バス停を通り過ぎていたのなら、管理者の指示に従って行動すれば、少なくとも命に支障を来たすような事故には事故には至らなかったのと思うのですが残念です、ご冥福をお祈り申し上げます。
もしも、私だったらこの場合いかなる行動をしただろうか?
  • 午前5時30分で混雑前。
  • 東名下り線御殿場インターから富士川までの間は、下り坂で殆ど渋滞しない。
  • 同僚も同情しているので、心強い。
  • 中型トラックで、身軽に動ける。
  • 長距離トラックの場合、一番眠くなる時間を考慮に入れる
以上のことから
  1. 道路管理者に電話
  2. 緊急停止版を掲示(発炎筒も)
  3. 路外(ガードレールの外)に出る
  4. 修理会社に連絡、救援を待つ
  5. 緊急避難所が近くにあるか否かは、管理者への電話で、キロポストを告げればインフォメーションしてくれます、近ければハザードランプを点滅しながらそこまで移動します。
皆様なら如何な去るでしょうか?

2011年11月1日火曜日

南極大陸 犬の活躍

樺太犬の飼育、教育責任者
  1. 白瀬矗の南極探検
  1. 第一次日本南極地域観測隊ー昭和32年~
飼育係といっても、それだけが任務ではありません。特別な飼育能力があったわけでもないでしょう。
白瀬隊の二人は、樺太で犬とともに生活していたそうです、雪原での犬ぞりの扱いは言うならばプロだったのでしょう。
1956年(昭和31年)11月、総勢53名の第1次南極観測隊隊員がタロ、ジロを含む22頭の樺太犬と
もに宗谷は出発しますが、赤道越えのための冷房室が特別に用意されたそうです。
これは、白瀬矗南極探検の経験から、樺太犬の暑さ対策でした。明治43年当時の204トンの開南丸(元帥海軍大将東郷平八郎命名)に冷房設備のあるはずも無く、赤道越えで多くの戦力(樺太犬)を喪った苦い経験に基づいたと思われます。
白瀬矗南極探検は、オーストラリアで樺太犬の補給を行って南極に向かいます。

南極大陸の映像内では、ローリングとピッチングを繰り返す宗谷の中で、右往左往する隊員とともに犬の動揺模様も再現されていますが、どちらも慣れるまでは大変だったでしょう。ただこの映像の中で、船内に大量の海水が流れ込んで居るように見えましたが、実際にあのような事態になった場合、船は沈没の危険もあります。最大35度も傾くのですから、甲板には海水の侵入はあります。しかし船内には入らないと思うのですが・・・・・緊迫感の出し方が違っているように思います。
乗り物酔いは三半規管の影響が大きいといわれます。生来弱い人は、経験だけでは慣れることは無いかもしれません。船乗りになるには、この辺もクリアしないと大変なことになります。

1958年(昭和33年)2月、宗谷が南極付近に到着した。1次越冬隊と交代する2次越冬隊を乗せていたが、悪天候で接岸できず昭和基地から帰還する第1次隊員の人間たちでさえ、小型雪上機でかろうじて宗谷に帰還する有様であり、15頭の犬は昭和基地に置き去りにされた。
白瀬隊も置き去り事故は発生して、山辺安之助、花守信吉、の二人が故郷の人々から辛い仕打ちに会う事態にまで発展している。其れほどまでに犬は樺太で大切な存在でした。
昭和基地に置き去りにされた15頭の犬は、3次越冬隊のヘリコプターによって発見されます。1次越冬隊の犬かかり北村泰一氏は3次にも参加しており、記憶にある犬の名前を順次呼んでみると「タロとジロ」のところで反応があったそうです。子犬だった2頭は成犬になり、その後帰国して余生を日本で送ることになるわけですが、残された食料には口を付けずに、共食いも無く、いかにして生き延びたのでしょう。北村泰一氏はアザラシやペンギンを捕獲して生き延びた?と記しています。しかし、いつもいつも猟に成功するとは限りません。さらに水です、海水では飲めませんから、雪を食べていた?
書物に記述はあるのでしょうが、目にしておりません、しかしネットに「フランスの越冬隊に救われた」とあったのです。
この事は、この先も公に公開されることは無いでしょう。素直に【フランス隊ありがとう】と言えない事情は何処にもないと思うのですが?
オングル島で氷に閉じ込められて進退窮まった折に、ソ連の砕氷艦オビ」の救援により辛くも脱出に成功。、1960年(昭和35年)に再び同艦に救出されており、その間1958年(昭和33年)にもアメリカの砕氷艦「バートン・アイランド」号に救出されている。
宗谷2224トンは海南丸204トンの約11倍の大きさです。しかも1936年の発注元はソビエト連邦でした、これは驚きの事実です。北極海を有するソ連やアメリカは、砕氷船の建造は、軍事と同時に経済面でも、氷の海を進むには必要不可欠の機器だったようです。冷戦時代にそれらの国に助けられたことに比べれば、犬を助けたお礼の一言や公表することは何の問題も無いと思うのですが・・・

TPP 交渉参加の攻防

政府の表現はいかにも曖昧な物言いでしかない。つまり優柔不断な言い方で、後からの言い訳の道を残し、いかにも官僚の思いつきそうな言葉使いです。
相手の出方次第で、いかようにも対応できることは、必要な手法かも知れないが、経済の現場に携わる人間としては、そんな生ぬるいことでは前にも後ろにも動くことが出来ない。

関税の撤廃が焦点にある限り、農業対工業の対決のように図式を表しています。
全中の万歳会長はカンニングペーパーの棒読みだし、民主党の前農水大臣も、意味不明の発言を繰り返すばかりです。

戦後の日本を改革し、GDP 世界2位の地位を築いたのは工業立国での構造改革でした。
空腹の中、腹八分目で頑張ったお陰で、目標を達成し、長寿国も手に入れました。

最近は、満たされた食生活で、肥満を代表に成人病の悪役である生活習慣病が蔓延しています。
いま少し節制した食生活で、健康を取り戻したり築いたりしないと、長寿国は短命国になりかねません。
健康で長生きを目指すためにも、国内の安全な食品を供給するのも、農産物生産者の大切な役割であり、安定的に供給するのも役割です。

「足りなかったら輸入すればよい」の時代は終わりました。
1993年の冷害を忘れたわけではないでしょう。ネズミの屍骸入りの輸入米を、誰が好んで食べるんですか!!!?????

2011年10月18日火曜日

【南極大陸】TBS開局60周年記念番組

南極物語はフジテレビジョン、学習研究社、蔵原プロダクション製作で1983年(昭和58年)7月23日に日本国内劇場公開され、当時の日本映画最高配給収入記録約59億円を記録し、1997年公開の宮崎駿監督のアニメ「もののけ姫」に抜かれるまで破られなかった映画です。この時、日枝久現(株)フジ・メディア・ホールディングス代表取締役会長、(株)フジテレビジョン代表取締役会長が製作指揮を取っておられるところが注目です。TBSは二匹目のドジョウを狙ったのでしょうが、果たして柳の下にドジョウは居るのでしょうか?
南極大陸はTBS開局60周年記念番組と言いながらも、球団を手放して身軽になったとは言え、ロケーションがしょぼすぎます。家政婦のミタ(19.15%)と似たり寄ったりの(21.10%)視聴率で、御の字なのでしょうか?北極ロケと北海道ロケでは経費も時代も違いますから、こんなもんか・・・とあきらめざるべきなんでしょう。
南極で忘れてはならないのは白瀬矗氏です。1910年南極探検出発と比較すれば、恵まれた環境で生命に影響を及ぼすような事の起こるはずもありません。探検と観測の言葉の違いは有りますが、白瀬矗氏の開南丸(204トン)はイギリスの超豪華客船タイタニック号(46,328トン1912年4月15日沈没)前の2月4日に南極を離れ帰国の途に着いたことから、年代的の感覚を思い出し当て欲しい。
204トンの規模をもしも単純に比較したとすれば、私が毎日乗務しているトレーラーの4倍の規模でしかない。そんな小さな船で赤道を越えて極地に向かう情熱が湧くとは、想像をぜっするところがあります。
更に想像できないのは、白瀬矗氏は帰国後に後援会が浪費した一億五千万円もの借金を個人で返却すると言う痛ましい生活を強いられてしまいました。
両作品とも、犬ぞりを引く、樺太犬の飼育係を主役にしているところは共通しています。
白瀬矗氏南極探検隊の犬係は、山辺安之助氏、花守信吉氏、二人の樺太アイヌでした。
樺太アイヌとは関係の無い話ですが、宇梶静江氏は著名なアイヌ文化の継承者で、長男は俳優の宇梶剛士さんです。
南極での移動手段に犬ぞりを選択したのは何故でしょうか?
  1. 馬に比べて食料が少なくてすむ
  2. 人に従順で共生する能力に優れている
  3. 船での移動でも場所を取らない
  4. 樺太犬は寒さに強い
  5. その他
が上げられると思います。

2011年10月5日水曜日

【ゴミは文化のバロメーター】

【ゴミは文化のバロメーター】懐かしい響きです。物を消費すれば必ず「ゴミ」が出ます。包装紙やビニール類は商品のイメージアップだけではなく、輸送や貯蔵にも大事な役割を担っています。
しかし、過剰に包装して「筍状態」になるのも如何なものでしょうか。商品作りに金を掛け、廃棄するのに金を掛けでは経済的なマイナスが大きすぎます。
とくにゴミとなる部分の処分には、想像もつかないような予算が使われることを、今回の東日本大地震の瓦礫の量で、今更のように思い知ることとなりました。
処理能力の大きな東京とは、いち早くこの問題に取り組み、被災地の応援を行っています。
岩手、宮城、福島の3県だけでも約2,500万トンの瓦礫は、被災自治体だけで処理することは到底不可能でしょう。自治体がゴーサインを出しても今回は、放射能問題も有るので、処理地域の住民の合意も必要になってきます。
その点、強引な石原都知事はその行政力で突っ走っていくのでしょう。処理施設も、最終処分場の埋立地も準備できているわけですから。
しかし、ゴミ処理でいつも思うのですが、溶鉱炉での処理は出来ないのでしょうか?鉄鉱石もドロドロに溶かす1,000℃以上の炉の中に、丸ごと投入すれば木材は完全燃焼して、金属は再生産の原料として分別されるのではと思っているのですが、不都合があるのでしょうか?
問題は爆発物等の危険物です。テロ行為等を企てる輩が現れない補償はありませんから。
鉄鉱石を溶鉱炉に投入して溶かすと、金属と高炉セメント、他に別れて出てくるようです。
東北には有名な新日鉄釜石もあることですし、活性化の手助けになるのではないでしょうか?
あるいは、製鉄所の多くは岸壁を持っています。かなりの大型船も接岸できるはずですから、瓦礫の海上輸送も射程に入り、海運の活性化にも繋がります。