2010年10月11日月曜日

ひこばい

ひこばい
ひこばい
愛知県海部郡や三重県桑名郡木曽岬町は伊勢湾台風以後、台風の影響を避ける目的で、早期の収穫を行っています。そのために、4月10日頃から田植えが始まります。新潟の平野部よりは約1ヶ月早く、その分早く収穫され台風シーズの9月には終えてしまうようです。特に夏の猛暑にみまわれた今年は、更に早まり収量も若干多かったと言うことです。つまり豊作です。
写真は収穫からおおよそ2ヶ月後の切り株から発生したひこばい の様子です。過去にも早稲種では多く見受けられましたが、花が咲くのははじめて見ました。
暖地ならこのまま成育すれば2回目の収穫も可能なわけです。

2010年10月10日日曜日

空洞化現象

円高など国内企業の輸出環境が悪化して来ると、海外に生産の基盤を移す企業が増加します。すると労働の機会が減り更に国内の雇用が減少して、経済の環境を悪くしてデフレに拍車がかかっていきます。
海運王国と称される日本ですが、便宜置籍船(べんぎちせきせん)として、海外に船籍をおくこともあります。リベリアが受け入れの代表的な国で、他にパナマ、バハマ、キプロスなどの小国に多く見られ、節税を目的としています。ギリシャの船主はこの手法で海運王を生み出したのでしょう。
しかし、国際法の規制によりその手法にも限界を生じ、国家の危機にまで発展したことは、非合法では継続に限界があるということでしょう。継続は力なりです。

2010年10月3日日曜日

フェリーニューあかしあ乗船No2

舞鶴~小樽航路は(「あかしあ」「はまなす」2004年就航。16,810総トン、全長224.8m、幅26.0m、出力42,800kw、航海速力30.5ノット)の2船体制で毎日運行しています。海流の関係で舞鶴行きのほうが15分多く21時間30分の所要時間で結んでいるわけです。時速56kmの高速船同士がすれ違う時は100kmの動体視力となるわけです。「1ノット=1,852km」
2,003年8月までは(「フェリーらいらっく」1984年7月就航、2004年退役。18,268総トン、全長192.9m、航海速力21.8ノット。旅客定員788名(竣工時586名)。車両積載数:トラック186台(竣工時152台)・乗用車55台。プール設備あり)(「ニューあかしあ」1988年7月就航。19,796総トン、全長192.9m、幅29.4m、出力26,400ps、航海速力21.8ノット。旅客定員920名。車両積載数:トラック186台・乗用車80台。プール設備あり。就航当時は日本最大(トン数・全長)のカーフェリー))(「フェリーらべんだあ」1991年9月就航。19,904総トン、全長192.9m、航海速力21.8ノット。旅客定員796名。車両積載数:トラック186台・乗用車80台。プール設備あり。就航当時は日本最大(トン数・全長)のカーフェリー)の3隻体制で運航して居た頃は約30時間必要でした。だから2隻では時間的に間に合わなかったわけです。それでも、40km以上の速度で航行できる船舶は、造船王国日本ならではの技術でしょう。現在でもこの3隻はギリシャで活躍中とのことです。
降りしきる雪の中、8割ほどの積荷で船は港を離れました。

2010年10月2日土曜日

池内 淳子

テレビドラマの女王としてお茶の間で人気の高かった池内淳子さんが他界された、享年76歳。嫁に欲しい女性no1、女と味噌汁、割烹着の似合う女性・・・・・挙げたら限りなく日本女性の代表に相応しい才能を持ち合わせた女性だと、今更に思い知らされました。
しかし、妻にはなれましたが、母になれなかった女性でもあります。福祉活動家、マルチタレントの柳澤 愼一 氏とは短い期間でしたが婚姻関係にありました。ロケ先で氏のパンツを洗ったのが因縁で・・・・・等とスポーツ誌の見出しが躍ったものです。
日本橋三越の呉服売り場勤務を経て新東宝に入社。その後芸能一筋の道を歩み2002年、紫綬褒章を受章。2008年4月、春の叙勲で旭日小綬章を されています。
本格的なお婆ちゃん役に適齢期となった近年、更なるご活躍を希望しても叶いませんが、冥土の皆様と仲良くされてください。ご冥福をお祈り申し上げます。

2010年10月1日金曜日

赤い霊柩車シリーズ

山村美紗サスペンス 赤い霊柩車シリーズを見ていると、出棺の際に茶碗を割るシーンがあります。浄土真宗の我が家では、見かける事の無い光景なので、不思議に思っていました。シリーズで演じているのは山村美佐氏の長女山村紅葉さんです。茶碗を割る風習を説明すれば、それぞれもっともらしい言葉になると思いましが、その多くはこじつけと思っております。(宗教の決まりごとを冒涜するつもりはありません。)

2010年9月28日火曜日

夕焼け雲

夕焼け雲
夕焼け雲
子供の頃にばあちゃんの背中におんぶされて見た夕焼けは、大人になっても忘れないものです。
米作り農家でも、強制的に米を供出させられていたので、家族で食べる米すら満足にありませんでした。気象の変化はいつ何時やってくるかわかりません。いざという時の蓄えに、何時も前年度産の古米を食べていました。
あれから65年空腹を満たす米は新米を十分に食べられるようになりました。しかし何故か満たされない部分があるように思っています。
背中の孫は、どんな思いで夕焼けを見ているのでしょうか?そして思い出すのでしょうか?

2010年9月12日日曜日

【清濁併せ呑む】せいだく あわせのむ

【清濁併せ呑む】とは、清酒も濁酒もわけ隔てなく飲むことかと思っていました。
広辞苑によれば=【善・悪のわけへだてをせず、来るがままに受け容れること。
 度量の大きいことをいう。】のだそうです。
しかし、善悪の判断をどの段階で行って、如何に処理できるかの能力も必要でしょうから、個人差も大きいように思います。分別ゴミのように、資源とゴミの分け方マニュアルでもあれば、簡単で一律な分け方もできるでしょうが、個々成長の段階で独自の判断基準を作っていくために、歪みも生じてきます。     
  • 政治=金と認識している(政治には金が必要)
  • 見返りを期待する(贈収賄、受託収賄)
  • 威力を誇張する(罵声、恫喝)
古い型の政治家には、ピッタリ当てはまるから、不思議です。需給のバランスが取れていた頃は、それで良かったのでしょう。鉄道、タバコ、塩、高速道路、航空、郵便と官業から民間に多くの産業が経営移譲され、 癒着の範囲が狭められています。
清濁の分け方には個人差があります。しかし学校教育の中で学んだことや、教えられたことは概ね正しい判断の材料となると思っています。
しこりを残さない総裁選挙を、多くの国民は望んでいることを理解して欲しいものです。